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特別記事~第3回JDNシンポジウムの開会挨拶、特別対談を掲載しました
特別対談:衆議院議員 野田 聖子 氏 と JDN 代表理事 内永 ゆか子

一般社団法人 ジャパン ダイバーシティ ネットワーク(JDN)が主催する、第3回JDNシンポジウムが、2017年2月3日(金)に開催されました。ダイバーシティの価値や、実現を加速していくための課題や今後の方向性について活発な意見交換が行われました。開会挨拶と特別対談が大変好評であり、ここに主な内容を掲載致します。

開会挨拶

一般社団法人 ジャパン ダイバーシティ ネットワーク
代表理事・会長 内永ゆか子

この数年で日本でもダイバーシティについての関心が高まり、さまざまな企業や団体が活動を行うようになりました。そこで、それぞれの経験を共有し、課題を議論して、社会へ提言していきたいという目的で、2014年にJDNは設立されました。現在は、企業・団体・個人合わせて144の方々にメンバーとして参加いただいています。JDNの活動内容は大きく分けて3つあり、テーマ別の研究会や、著名人の話を聞いて情報交換をするJDN水曜クラブ、ダイバーシティの本質をじっくり議論するエグゼクティブ会議など、積極的に取り組んでいます。
なぜ、今ダイバーシティなのか。その価値と本質についても振り返っておきたいと思います。世の中のテクノロジーは急速に進化し、今や大企業の競争相手はインドや中国ではなく、若者のスタートアップです。情報収集力、発信力、コミュニティ力を生かして、あっという間に起業して変革を起こす「アグリゲーター」と呼ばれる人が影響力を発揮しています。何もかもが急激に変化する世界では、デジタル変革に対応し、自分のポジションを見つけなければ、生き残れない世の中になっているのです。ビジネスも、ステップを踏みながら物事を進めるモノカルチャーの20世紀型モデルに対して、多様なアイディアを絞り込まずにどんどん試しながら評価していく、21世紀型の「ヒューリスティックモデル」へ移行しています。こうした変化とスピードを実現するためには、人材がいかに多様であるかという点が重要です。多様な価値観を持つ人材の新たな視点が、組織の評価やオペレーションを変え、それがステップとなり会社の仕組みやビジネス全体を変えていくことにつながっていきます。ダイバーシティ&インクルージョンは、ビジネスにおけるゲームチェンジャーになれるのです。
異なる発想をする人を数多く集め、たくさんのトライアンドエラーを実践していくことが、企業の競争力の源になるのではないでしょうか。この第一歩として、女性活用は絶対に必要です。それができなくて、外国人などを活用できるわけがありません。少子化問題や、足りない労働力を補うための女性活用も大切なことですが、それは本質ではないと考えています。そのためにダイバーシティというものを活発に議論していただいて、次のステップに一緒に進んでいけたらと思っています。
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基調講演・特別対談

「なぜ、今ダイバーシティなのか~その価値と実現への課題~」

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野田聖子氏(衆議院議員)
内永ゆか子(JDN代表理事・会長)
<内永>

野田先生は、さまざまな場面でダイバーシティについてお話されていますが、ダイバーシティとはどのような位置づけとお考えでしょうか。また、国の政策についてもご意見をいただければと思います。

<野田>

ダイバーシティは「多様性」という意味ですが、“すべてひっくるめて”ということではないかと、自分なりに解釈しています。長い日本の歴史の中で、明治から昭和の中で2つの出来事がありました。ひとつは、明治政府の富国強兵というスローガンのもとで敷かれていた軍国主義。軍隊では体力がある方が重宝され、優遇される。つまり、男性が優先される社会だったわけです。昭和になり終戦を迎え、国全体が新たな方向に歩み出しますが、日本は製造業を中心に成長を目指します。製造業も、体力勝負の世界で、長く働くほど多くの製品を生み出すことができて儲かるという仕組みです。そのような社会で、出産などの中断がある女性と比べて、男性は仕事だけに集中して働き続けられるわけです。結果として1970年代頃に、男は働き、女は家庭にという、役割分担モデルが確立しはじめました。もともと、ダイバーシティは存在していたのですが、このわずかな100年くらいの時代の変化の中で、ひずみができてしまったのです。それを無くすことが必要だと考えています。

3thsympo1-3政治の役割は法律を作ることですが、女性活躍推進法のように、啓発することで国民の意識改革を働きかける“甘い法律”と、障害者雇用など、義務を果たさないとペナルティが課される“辛い法律”があります。これらをバランスよく実施していくことが、できてしまったひずみを解消し、新しい日本を作っていくことにつながるのではないかと思います。

ダイバーシティは女性だけのことではありません。女性や高齢者、障害者など、ありとあらゆる人が社会に関わることが、新たな価値を作り出していきます。成熟した国家として、強いだけではなく、しなやかで賢くて温かいという、新たな魅力を対外的にアピールできる価値につながっていくのではないでしょうか。

3thsympo1-2<内永>

男女の役割が生まれた背景でいうと、昔は、家事にも今よりもはるかに手間と時間がかかっていたのではないかと思います。今は洗濯機も掃除ロボットもあるし、当時を100とすると今は30%くらいの労力になっているはずです。ビジネスでいうと30%にBPRされたということ。残りの70%の時間は、他のことに活用すべきですよね。こうして考えると、女性が外に出て仕事をしようとするのは必然のことではないかと思います。ただ一方で課題となるのは、女性自身が「私はけっこうです」と、キャリアアップを積極的に望まない人が少なからずいることです。この点はどのように思われますか。

<野田>

国会の本会議場で、堂々と国の主要政策として女性活躍と言い切ったのは安倍総理が初めてです。これによって、経済界をはじめ、周囲も少しずつ動き出しました。しかし、まだまだ保守的な人も多いのも事実です。女性にとっては、ロールモデルがいないということもキャリアアップに積極的になれない要因のひとつなのではないでしょうか。国会議員も、今では子供も産み、産休も取れる時代に少しずつ変わっていますが、私が議員になった時は、自民党の衆議院議員には女性がいませんでした。政治は男の世界で、政治の世界に入るからには女を捨てろといった空気がありました。今でも厳しい意見を持った人はいます。

<内永>

ロールモデルは絶対必要ですよね。ビジネスでもロールモデルが存在しないことで、子どもを産もうかどうか迷ってしまうというケースがあります。政治の世界でもまさにそういった課題があるのですね。

<野田>

国会にロールモデルがいない中で、私は33歳で初当選し、最初は結婚もしないで、子供もあきらめて男になろうという気持ちでした。しかし、徐々に時代が変わり、女性の有権者からは「家庭の苦労も知った方が良い、結婚しなさい」と言われ始め、40歳の時に結婚しましたが、うまくいきませんでした。そして、50歳になって、今度は自分自身が本当に結婚したいと思い結婚しました。ここで、大きかったのは子供ができたことです。結婚して子供を持ったことで、自分としてはひと段落。焦る気持ちがなくなって、仕事に専念できるようになりました。

<内永>

野田先生がそのようなことを悩んでいらっしゃったとは意外でした。ご自身の意思を貫いていらっしゃると思っていましたが、けっこう葛藤もあったのですね。

<野田>

それまでは男性化しないといけないという雰囲気でしたが、40歳になって「あなた女でしょう」と言われるようになって戸惑いました。そこである意味ダイバーシティに目覚めたのではないかと思います。国民の生活を守ったり支えたりする、みなさんを代表して法律を作る国会議員の9割が男性です。まずは女性の議員を増やすことが大事だと思っています。2020年までに、日本はすべての企業、団体、組織、政党の指導的立場に立つ3割を女性にするという数値目標を立てました。その流れで女性活躍推進法ができましたが、実は対象から政治分野が抜けていて、自民党内で大議論になりました。とりあえず本国会への提出まではできましたが、当たり前のことが、なかなか進みにくいという課題を感じています。

<内永>

国会の中も一種のモノカルチャーではないかと思います。女性議員がもっと増えて、変化の激しい世の中に対応して変えていく原動力になってほしいと期待しています。

<野田>

女性議員には、派閥の長ではなく、国民有権者の方を向いてほしいと思います。私のような、権力に迎合しない政治家は、マイノリティ中のマイノリティです。選挙で選んでいただくことは大変ですが、嘘をつくことなく、筋を通していけば、男性も含めた有権者は必ず理解してくれます。私は衆議院の女性議員では再長老になりましたが、女性はそこまで来る途中に不安になり、大きな声の方に流れてしまって国民の声が聞こえなくなる人もいます。国会には無い、別の声をキャッチすることが女性議員にできることです。政治の世界でも、恐れずにチャレンジしていけるようなダイバーシティを推進していきたいと考えています。

ロールモデルがいないという不安もよくわかります。私も国会議員になってさまざまな仕事をしてきましたが、いつも「女性初」という言葉が付いてきました。でも、それは開き直るしかありません。やってみると、意外と仕事は難しくないのです。また、子供を産む際には切迫早産になり、3か月くらい入院しましたが、ITを活用して病院で仕事ができました。世界一の光ファイバー大国の日本では、どこでも仕事をすることができるのでオフィスにとらわれる必要はないのです。さらに、子どもができてからは、選択と集中で、段取りがうまくなりました。大変だと思っていましたが案外余力があることにも気づきました。

<内永>

本当にそうですね。まさに今話題の働き方改革ですが、時間と場所から自由になるべきだと思います。そのためには、時間で評価するのではなく、アウトプットで評価するという考え方を企業が持つことも必要ですね。

<野田>

これからの優秀な経営者はダイバーシティが実行できる経営者だと思います。それが企業の評価につながり、株価にも連動するような社会になっていくことを期待します。これは、気持ちだけで取り組んでいるのではありません。安倍総理が実現しようとしているのは日本経済の再生と成長です。日本の女性労働力が男性並みに上昇すれば、GDPが約16%上昇するという試算がゴールドマンサックスなどのレポートでも数字として出ており、安倍総理はそれをもとに女性活躍推進に取り組み始めました。日本経済の成長を実現するためのダイバーシティを実践するために、政治の面からも取り組んでいきたいと考えていますので、これからもよろしくお願いいたします。
※敬称略

プロフィール

野田聖子氏(衆議院議員)

1983年帝国ホテル入社。1993年第40回衆議院議員総選挙で初当選。1996年、第2次橋本内閣で郵政政務次官、1998年第1次小渕内閣で郵政大臣に就任。以降、2008年の第2次福田内閣、麻生内閣で内閣府特命担当大臣、消費者行政推進担当大臣、宇宙開発担当大臣、2012年には自民党総務会長などの要職を歴任。現在、衆議院で、国家基本政策委員などを務める。著書/「私は産みたい」(2004年新潮社)、「不器用」(2007年朝日新聞社)、生まれた命にありがとう(2011年新潮社)など。米国で卵子提供を受け、2011年に50歳で長男を出産

内永ゆか子(JDN代表理事・会長)

1971年東京大学理学部物理学科卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。1995年4月に同社で初の女性取締役に就任。2007年4月日本アイ・ビー・エム定年退職後、NPO法人 J-Win理事長に就任。2013年、ダイバーシティ戦略に関するコンサルティング業務を行う株式会社GRIを設立。2014年、女性活用推進のため活動する民間主催のプラットフォーム、社団法人 ジャパン ダイバーシティ ネットワークを設立。著書/「もっと上手に働きなさい。~誰も教えてくれなかった女性のための仕事のルール」 (2013年7月 ダイヤモンド社)など。